
DAISY LIN MAGAZINEで新たに始まる、連載「ミスリンのお遣いもの」。
ミスリンがお遣いものを通して感じた幸せ、喜び、感動などを、月に一度、自身のエピソードを交えて紹介します。
単なるお遣いものの紹介ではなく、お遣いものにも宿るミスリンの"生きる哲学"をお伝えします。
【第1回】お遣いものの心得
by Noriko "DAISY LIN " Maeda (ミスリン)
小さなお礼をしたいとき、友人宅を訪ねるとき、何か差し入れをしたいとき…。どんなものが喜ばれるかしらと、相手の方に思いを巡らす時間が好きです。
私自身も、頂いたお遣いものの美しい包み紙を開ける瞬間や、私を思って選んでくださった品だと感じるとき、胸が高鳴り、心が温かくなります。
小さな箱は小宇宙。
子どもの頃から、丁寧に包装されたお遣いものの箱に不思議と惹かれてきました。
中身がきっちりと納められるよう誂えられた箱には、その端正な佇まいに作り手の世界が息づいているようで、清々しく、また楽しい気持ちになったものです。
まだ小学生の頃だったと思います。
今でも覚えているのは、東京から横浜の実家まで、骨董品を携えてやってくるお道具屋さんのこと。必ず持って来てくださる手土産が、美しい包み紙で包装されたフレンチレストランのチョコレートケーキでした。
チョコレートケーキには白い粉砂糖がかかっていて、ちょっぴりほろ苦く、当時の私には刺激的な初めての美味しさ。
ケーキといえども大人っぽい雰囲気に、その頃、横浜にはこういうタイプのケーキがなかったので、東京のお菓子は素敵ね、と感じたものです。
そのお道具屋さんが訪ねて来る日が楽しみでした。
もうひとつ、忘れられない品があります。
父が仲良しだった東京・西麻布の仕立屋さんが、小学生の私に持ってきてくださったのは繊細なレースの手袋でした。
小学生だからとぬいぐるみなどを選ぶのではなく、優雅な手袋がお遣いものとは!
私をレディと認めてくださっているようで、何か誇らしい気持ちになり、こういうものが似合う女性になりたいと胸を弾ませたものです。
子どもの頃から自分を大人だと思い込んでいる、背伸びしたい私の気持ちを、皆さん、よくわかっていらしたのかもしれません。

語源は平安時代の貴族社会に遡り、使者を遣わし、用意した品を渡す、ということから「お遣いもの」という言葉が生まれたとされています。
古典『源氏物語』では、光源氏が紫の上のためにお遣いものを届けさせるシーンが描かれています。
その品は、無病息災や子孫繁栄を意味する亥の子餅。
紫の上への深い愛情や思いやりが感じられる場面です。
お遣いものは、差し上げる品を選ぶプロセスが大切なのだと思います。
私は先ず相手の好みと状況を知ることから始めます。
初めましての方には、緊張する気持ちを和らげるような清潔感のある花を選ぶことが多いと思います。
一方、知己の方であれば、これまで好物だったものをしばらく控えるような事情だってあるかもしれない、と思いを致し選ぶようにしています。
相手の方にいま何がフィットするか。
情報は常にブラッシュアップしています。
また、自分が口にし、あるいは使ってみて本当に良いと感じるものはお遣いものリストに情報をストックし、より良いものと出合えたり、ものづくりの事情に変化があったりする場合は差し替えていきます。

そして、ひと様にお渡しするのですから、普段着ではなく、いい着物を着せた美しいパッケージのものを選びたい。
その思いが高じて、ご自宅にお邪魔する場合は、お気に入りの正絹風呂敷で包み、そのままお渡しすることもあります。
とりあえず、ではなく、またやりすぎでもなく、その方にとってとびきりの品を、さりげなく差し上げたいと思うのです。
お遣いものの慣習は、だんだん機会が減り、とくに若い方の中では少なくなってきているかもしれません。
でも、これは心を尽くす日本ならではの洗練された文化で、とても誇らしいものだと感じています。
文化に敬意を払い、お遣いものをセンスよく、いいタイミングでサラリと渡せる人は、愛のある素敵な大人ではないでしょうか。
今回から始まる連載「ミスリンのお遣いもの」では、思いが伝わり、相手に響く、“心を繋ぐお遣いもの”をご紹介していきたいと思っています。
テーマはずばり「からだにいいもの」。
本当に私が良いと実感するものだけを厳選してお届けしたいと思っていますので、どうぞお楽しみに!
【次回】3月26日(水)配信予定
写真/ゑり萬の風呂敷
お遣いものを持ち運ぶ際は紙袋もよいけれど、風呂敷などで相手への感謝も一緒に包みたい。この風呂敷は京都・縄手新橋の呉服店『ゑり萬』でミスリンが手に入れたもの。
「正絹の風呂敷は大きさや色、柄など気に入ったものを複数そろえています。縮緬地に絞り染を施したこれらはすべて京都『ゑり萬』さんのもの。呉服店ならではの美しい色合いと上質な風合いに惹かれました」
参考資料/「源氏物語の女君たち」NHKテキスト 趣味どきっ(NHK出版)
取材・文/武田麻衣子 撮影/Kevin Chan 構成/恩田裕子