
ミスリンがお遣いものを通して感じた幸せ、喜び、感動などを、月に一度、自身のエピソードを交えて紹介する連載「ミスリンのお遣いもの」。お遣いものにも宿るミスリンの"生きる哲学"をお伝えします。
【第4回】先駆者ならではの粋が光る「てっさい堂」の豆皿
by Noriko "DAISY LIN " Maeda (ミスリン)
京都を訪れるたび、まず最初に伺うと決めているのが古門前通に佇む骨董品店「てっさい堂」さん。こちらで出合う豆皿の数々は、ほんの掌ほどの小さなサイズなのに、時を経て、なお魅力を放ち、その大きな存在感にはいつも驚かされます。
店内には、江戸時代後期の古伊万里を中心とした、多彩な色柄の磁器がひしめくように並べられています。なかでも格別に愛らしい豆皿は、どなたに差し上げても喜ばれるものですが、私はよく外国の方へのお遣いものに選びます。
和紙で大切に包まれた箱の中から現れる優雅な骨董の器。一枚の豆皿でも古来の美意識や薫り立つ職人技に、皆さん、大層感動してくださいます。

私は極度といってもいいくらいの潔癖症なので、見知らぬ方がかつて使用していたという品には、目に見えない不思議な気配がまとわりついているように思えて、そのどこか澱んだような雰囲気に、どうにも気持ちが盛り上がらなかったのです。
ところが、初めて「てっさい堂」さんに足を踏み入れたとき、それまでのイメージが一変しました。ご紹介くださったのは、私が尊敬し、ずっと仲良くさせて頂いていたデザイナーの大先輩、花井幸子先生でした。
「のんちゃん、こちらはほかとは全然違う雰囲気だから絶対気に入るはずよ」と、訝しがる私を連れて行ってくださったのです。まさに目からウロコ! おっしゃる通りでした。
初めて伺った日。お店の扉を開くと、そこにはぎっしり所狭しと、女主人である貴道裕子さんが選んだ器が並べられていました。一枚でも触ったら崩れ落ちてしまうのではないかと思う程の量には圧倒されるばかり。しかも、雑然と置かれているようでいて、その様子は整然とすっきりし、骨董品なのに清く澄んでいる気配がして、大変驚かされました。
そして、その器のすべてが、今まで大切に愛されてきたという幸福な空気をたたえ、ほほえんでいるように見えました。また、華やかな色彩や文様の器も、決してけばけばしくなく、落ち着いた品位があり、奥ゆかしさを感じさせるものばかりなのです。
とくに目に留まったのは豆皿です。すっぽりと掌に収まる小さな器には、大きい焼きものと同様に、丁寧に文様が描かれていました。季節の風景や花、活き活きとした動物、おめでたい吉祥文様…。形状もまたさまざまで、その多種多様で遊び心溢れる繊細な技巧には、日本の秀でた芸術的センスが凝縮されているように思えました。
私は山のように鎮座する豆皿の中から、好みのものをいくつも選び、気持ちが高揚したことを今でも鮮明に覚えています。


特筆すべき点は、骨董品を一枚から買えることにもあります。これまで骨董品店が扱う器は、5枚組や10枚組で売られていることが常識でした。豆皿においては、20枚単位で木箱に収められているものがほとんど。まとめて購入するよりほかありませんでした。
しかしそれでは敷居が高く、家庭で気軽に使いたいと思っても、手に入れることはなかなか困難です。お客様のそういった思いを汲み、貴道さんはこれまでの慣習を覆して器を一枚から単品売りすることに決めました。一枚の小さな豆皿を骨董品の入口にして、多くの方が手に取れるように、といった気持ちを込めたのです。今でこそ、骨董の一枚売りは当たり前のように浸透していますが、当時は画期的なことでした。
「てっさい堂」さんは、豆皿を通して、道具店が長く続けて来たやり方とは違う感覚で、今の時代に似合うよう新たな道を切り開いているように感じます。小さな豆皿に、私は日本ならではの粋な文化を大切に守る気概を教えてもらっている気がするのです。
お遣いものに骨董品を選ぶのは、意外に思われる方がいらっしゃるかもしれません。でも、骨董だからといってかしこまることなく、自由に楽しめるのが豆皿の大きな魅力。なかでも、お料理やお菓子をぐっと引き立てる、染付けの豆皿が私は大好きです。
たとえばチョコレートやクッキーなどの洋菓子をひとつだけ載せて、コーヒーや緑茶のお茶請けに。またガラスの一輪挿しにお花を飾り、その受け皿に。石鹸を載せてバスルームに置くのも素敵ですし、漆盆に豆皿をいくつか並べ、料理屋さんよろしく、八寸風に前菜を少しずつ盛り付けてもおしゃれです。
日常に小さな息吹を注ぎ込む豆皿を、差し上げた方はどのように活かしてくださるでしょうか。お遣いものをきっかけに、日本の流儀や生活様式、また京都についても会話が弾む「てっさい堂」の豆皿。有意義なカンバセーションピースとなる逸品だと思っています。
【今回のお遣いもの】
「てっさい堂」江戸後期の古伊万里・豆皿
江戸後期古伊万里の器を主に扱う「てっさい堂 道具店」。2022年に2年半を経て2フロアの店にリニューアル。アイテムごとに陳列され、より見やすいレイアウトに生まれ変わった。靴を脱いで上がる2階には、アンティークのガラス器や帯留などがずらり。
てっさい堂 道具店
京都府京都市東山区古門前通り大和大路東入ル北側
☎075-531-2829
営業時間 10時〜18時
年末年始休
いずれも約180年前(幕末頃)の磁器。細かな柄や色彩の美しさに目を見張る。
上「伊万里焼 色絵豆皿」
下「伊万里焼 染付豆皿」
取材・文/武田麻衣子
撮影/Kevin Chan
構成/恩田裕子
【次回】6月下旬配信予定