
ミスリンがお遣いものを通して感じた幸せ、喜び、感動などを、月に一度、自身のエピソードを交えて紹介する連載「ミスリンのお遣いもの」。お遣いものにも宿るミスリンの"生きる哲学"をお伝えします。
【第5回】通人達が愛した銀座の銘菓、「空也」の最中
by Noriko "DAISY LIN" Maeda (ミスリン)
FOXEY銀座本店のご近所にお気に入りの名店があります。そのお店は「空也」さん。
こちらの最中は天下一品! ほかの最中は、もう口にしなくてもいいとすら思えてしまうほど感動的な味わいです。
初めて頂いたのは大学生の頃でした。両親が懇意にしていた画家の方が銀座松屋で個展を催していて、その時、「銀座の銘菓です」と横浜の自宅まで遠路届けてくださったのです。
蓋をあけると、行儀よく並んだひょうたん型の小ぶりな最中から、ふわっと香ばしいお米の香りがしました。2〜3口で頂ける、とても食べやすいサイズ感です。
口に運ぶと、音がするぐらい表面の皮がパリパリで、作りたてであることがすぐにわかりました。中のあんこはツヤツヤ。雑味のない甘さも相重なって、意外なほど軽い口当たりにびっくり。
シンプルなものほど、ものづくりは難しいと言われますが、空也最中は、焦がし皮とあんこに強いこだわりを持っていることがひと口で感じられたのです。
「こんなに美味しい最中は初めて!」
すっかりファンになった私は、自分のためだけでなく、FOXEYを立ち上げて以来、お遣いものの定番として、よく化粧箱入りでお願いするようになりました。
事前に余裕をもって電話か銀座の店頭で予約、引き取りをしないとほぼ手に入らない幻の銘菓という評判も相まって、どなたにも喜ばれています。

「空也」さんは、1884年創業ですから、今年で141年! 屋号は、真言宗の祖である平安時代の僧侶、空也上人にちなみ、最中のひょうたん型は、踊り念仏で使用するひょうたんをかたどったものといいます。
上野・池の端で創業し、戦災ののちに1949年、銀座並木通りに居を移し、現在店主は5代目に。銀座でもはや70年以上、看板商品の空也最中と共に変わらず経営を続けられています。
「安くて美味しく、体に優しい安全な和菓子を出来る範囲でつくり、その日のうちに売り切るのが空也スタイル」との明言どおり、ていねいな手仕事で作る1日の限度数8000個の最中が予約で売り切れるとか。発送、配達、カード払い不可という先代仕込みのスタイルも貫いています。
お遣いものの需要が減っていたコロナ禍では、老舗を応援する気持ちから、スタッフのおやつや、おもてなし用に幾度となく、最中を買い求めにお店へ足を運びました。

九代目團十郎は、実は最中が好物で、創業者が楽屋を訪ねた折、長火鉢で炙った最中を勧められ、それが思いのほか美味しかったことから、以降は空也も、皮を焦がすように変えたのはよく知られるところです。
また、夏目漱石をはじめとし、林芙美子、山口 瞳…。名だたる昭和の文豪や梨園の関係者、落語家など、良いものを知る通人達が好物を求めてお店に足を運び、あるいはお遣いものとして愛用してきた話は枚挙にいとまがありません。
出来立ての最中を当日中に頂くと、幸せな香りと味わいがして、最高に美味しいものです。次の日になると、少ししっとりして、あんこと皮が馴染んだ感じになりますが、それはそれで、また異なる美味しさがあります。
パリッとした焦がし皮を復活させたいなら、オーブントースターで少し炙ると、香ばしさが蘇り、また味わい深く頂けます。硬くなってしまったら、お椀に入れてお湯を注ぎ、お汁粉にしても美味しいそうですが、私はまだ試していません。なぜなら、硬くなる前にいつもなくなってしまうから。日本茶にはもちろん、コーヒーにも合う風味です。
店頭でしか手に入らない銀座メイドの空也最中。一年中、喜ばれる名品ですが、最中は中秋の名月に由来するお菓子のため、9月から10月の間に差し上げるのも風情があります。東京・銀座を代表する、粋なお遣いものだと思います。

空也の最中
銀座の店舗と同じビル内で毎朝7時から熟練の職人が手作り。北海道十勝の契約農家が減農薬栽培した小豆と、あんのために選び抜いた砂糖を用い、高温で炊き上げた“つぶしあん”。専門店に特注する餅米で作った皮を、作業場で軽く火を入れ、焦がし皮に。添加物や保存料を一切加えない、昔ながらの自家製レシピを今も変わらずに継承。
日持ちは常温で1週間。要予約、店舗受け取り、現金のみ。通信販売、商品配送は行わない。
東京都中央区銀座6-7-19
電話 03-3571-3304
営業時間 10時〜17時(月〜金)、10時〜16時(土)
日曜、祝日、年末年始は定休
写真/空也最中 10個入り化粧箱 税込1,300円
取材・文/武田麻衣子
撮影/Kevin Chan
構成/恩田裕子
【次回】7月下旬配信予定